100 私と大島紬

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

回想録「男と着物」も100回となった。私の着物事情は2015年あたりから徐々に多様に変化し、数年後には既存概念を気にせず私なりのファッションという枠組みで着物を捉えられるようになり、それについて少しは触れてきたけれど回想録としてまとめるまではまだしばらく時間が必要なので、私と大島紬について記載し一区切りとしたい。

振り返れば2001年に初めて小売店で働いたときから唯一持っていたのが大島で(はじめは本場縞大島だった)、それ以来買ったり手放したりした着物は数多くあったけれど、いつもその中で偉大な着物でありつづけてきたことは間違いない。

2006年から2年間奄美大島に住んでわかったのは島独特の文化と大島紬を取り巻く人、そしてその技術の一端だった。あれから10年以上の後に当社社屋に締機を持ち込み、糸からほぼ一人で製作に挑んでみたが、やればやるほどにその技術に改めて圧倒された。

着るととても気持ち良く感じるのは実際の着心地に加えて、技術的な背景を肌で感じてきた経験も大きい。頭で理解し同じ工程、糸や組織を用いても私が一人制作してみたものは商品レベルに到達しない。それは各工程の随所に見えない技術が存在し、その獲得は一朝一夕で叶うものではないからだ。ファッションなのでもちろん直感的なものだけで良いと思うし、生活する上で製造過程まで興味が届かないものも沢山あるのだけれど、私の環境的もあって様々を知り、「こんなに凄いものを着ている」という自己満足に繋がっているのは確かである。

買い物をするときの判断基準は人それぞれだけれど、私はコレクション的に買い物することはあまりなく、大島紬についても同じだ。大島紬には一元絣、7マルキ、緯かすりなど絣の種類だけでなく泥染、藍染、白など色の違いもあるけれど自分が着るとなると選ぶ色や価格帯の都合などで、結局似たような色柄ばかりになっている。ただしそれは私の中で比較的肯定的に捉えていて、人から同じように見えても私の中で別物なのでそれで良く、むしろ手持ちのものに近いならコーディネートも使い回せてメリットに感じている。持ってないタイプの着物を買う、という方が一般的だと思うけれど、ある程度それを試してきて自分の好みもはっきりしていることも関係しているのかも。

そんな風に色々と思う一方で着物生活を通してはじめは「日々の着物」と大島紬が結びつかず、時には否定し、時には賞賛しながら大島紬と共に着物を考えてきた。「普段着」という言葉が何故か頭にこびりついていた私だったけれど(「紬は普段着ですから」という人にそれまで沢山出会った)、普段着として着物を着て当事者になることでようやく「もったいないな」と感じるようになった。今の紬はその多くが大変貴重。何を普段着にするかはもちろんその人のライフスタイルによるのだと思うけれど、5年以上にわたり着物を毎日のように着て紆余曲折しながらも自分なりの着物との関係ができたことで、大島紬は「普段着」ではなく「お出かけ着」「ちょっと特別な着物」としてしっかり私のファッションの一角を担うことになった。

父が先頭を切って駆け抜けてきた大島紬事業は今も尚、父と古参の社員を主に進んでいる。私はKimono Factory nonoという異なる側面から着物を考えてきたけれど、結局その根底にはいつも大島紬があった。「男と着物」はもしかすると「男と大島紬」だったのではないかと思うほど、消せない炎の様にチラチラと燃えるのである。私と大島紬のように、良いなと思う大島紬に出会う人が沢山増えますようにと、心から思う。


今回で毎週の連載という形を一旦終了し、また何かの話題がある際に投稿したいと思います(いつになるのでしょうか)。代わって商品情報などももう少しアップできるように?したいと思っていますので、引き続き当サイトをよろしくお願い申し上げます。

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