5  発想はまだ仕事着だったけれど

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

前々回(男の着物と私 3 初めての角帯の話)入社研修で角帯を習ったものの、普段に着るという発想はなかった。

2001年。当時私の働く着物小売店では日頃スーツで接客が多かった。そしてスーツを格好良く着こなす当時34歳の店長。憧れの「大人の男」だった。学生の頃は30代なんて、と思っていたが一気に認識が変わった。それもあって、格好良いスーツに憧れ、スーツを着て着物販売に臨んでいた。私の周りはそういう時代だった。

しばらくするとベテラン販売員さんに「お店で着物を着てもいいよ」と言われた。ご本人は制服があったのでそれをお召しだったのだが「昔はよく着たのよ」と嬉しそうにおっしゃっていた。

ついに練習の成果を発揮するとき。着てみるとそのベテラン販売員さんに「なかなか似合ってるやん」と褒められ気遣いでも嬉しかった。あの時のムフフ感は今でも忘れない。角帯最高。会社から支給された半襦袢を中に着ていたのだけれど、「中に衿が見えている」という浴衣とは違うぞ的高揚感があった。ただ半襦袢を着ただけで。

浴衣販売の時期になると「浴衣販売の間、着物を着よう」と店長に提案された。やるぞ!すぐにやる気満々になった。楽しかった。

仕事のイメージ画像です。大島紬と革を使った名刺入れは私の必需品

学生時代、何に対しても斜に構えていた私。そんな自分から抜け出すチャンスだと思い、就職で苦手なことにチャレンジしようと決意した。その時決めた「まずやってみる」。それも手伝って着物を着ることにわくわくしていた。

やってみることへの楽しさはその後徐々にスーツへの憧れをから、着物を着る習慣へと変わっていく。そして何よりあの頃私の「やってみる」はたくさんの人に支えられてのものだった。お世話になって人たちにとって私は邪魔だっただろうけれど、私にとっては今尚感謝する方々ばかりだ。

もっとも「着物を着ることへのわくわく」も仕事が出来るようになりたい一心の付属品。だから「着物を着る楽しさ」へ自覚は薄かったけれど、着物に囲まれた環境は楽しかった。

基本的には空調設備の中。着流し(羽織・袴なし)だった。黒の繻子足袋、中はステテコと半襦袢。当時はウールの着物と綿の献上角帯が支給されていたが入社してすぐに浴衣の販売が始まり浴衣を買って着ていた。一文字、片ばさみや浪人結び、カルタ結びなんてその時はまだ知らない。そんなことより貝の口。それで良かったし、今も基本は貝の口だと思っている。

完全に仕事着だった。それはカジュアルファッションとは異なる感覚なのだが、それを知ったのはもう少し後のことである。