続編103 着物の楽しさが蘇った瞬間。

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

着物倦怠期から復活したお話。


2011年以降、意地を原動力に毎日着物を着ていた期間を経て、2017年以降徐々に着物倦怠暗黒期に突入した私(97 子供が生まれて変化した私の着物観)はその反動でファッションが楽しくなり、買い物が新鮮で(98 洋服と買い物の楽しさの先に生まれたもの)、けれども少し物足りなさを感じ、結果その熱を新商品開発に注ぐようになった。

今までの着物でも巷にある洋服でも満足できなかったその隙間を埋めようとするが如くそれは、けれども天賦の才ではないので、次から次へと湧きだす発想というより試行錯誤の繰り返しだった。

新商品開発の過程でサンプルばかりを着用するようになり、必然的にいわゆる「ちゃんと」着物を着る日が少なくなった。袴パンツに襦袢Tシャツだけ着てみたり、袴とシャツを合わせてみたり、作務衣にしてみたり、とにかく様々なものを様々に着てみた。

ただしそんな中でも10年近くに渡って続けてきた社内の「着物の日」(毎週水曜日は着物を着る)があったので、最低でも週一回は着物を着ていた(着物って何かという疑問は棚上げし、あくまで長着や袴下としての着物)。

その時には気付かなかったがその「週一回」が重要だった。

それまではただ手に取って着ていた(87 義務感で着物を着る限界)状態の時もあったけれど、少し離れて週一回にすると「何を着ようか」と考えるようになった。夏の着物を夏だけしか着ないと勿体ない気もしたし、回数が減ったからこそ着る前に「シーズン後にクリーニングに出すぞ」という意気込み(?)も必要になった。着物との関係が以前とは異なって前進した気がしたし、着物がファッションだというよりも、ファッションが好きで、その中に着物があってそれはなかなか興味深いものだと感じられるようになった。毎日着物を着る意地によって硬くなったわだかまりが少し距離を取り週一回にしたことで知らぬ間に解けていったのである。

そしてある時「やっぱり着物っていいな」と実感するいことができた。それはお客様が熱心に着物についてお話しされる中でのことだった。完全に熱を頂いたと思う。

次の日に着物を着てみた。少し景色が違って見えてワクワクした。鏡を見ていいじゃないかと思った。初めてのように感じるほど、それは忘れていた感覚だった。こうやって着物の熱は伝わっていくのかもしれないなと思うと、やはり大いに着物は語り合うのが良い。無理に熱し過ぎた場合には少し立ち止まって冷却期間を置くのもいい。毎日だった私には、そこから離れすぎない週一がちょうどよかったようだ。少し着物が足りないな。それぐらいが心地いいこともある。