43 「知らなくて当然」

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

前回の投稿(42 綿の着物)で知らない価値に出会ったという話をしたので、「知らない」ということに関して思うこと。

「勉強不足ですみません」とまれに言われることがある。学ぶ楽しさ云々はともかく、不足も何もそもそも勉強する必要などはないので謝る必要も一切なくて、むしろ「すみませんと思わせてしまってすみません」といつも思う。学ばずとも楽しめるようにしたいと常々考えているのだけれど、なかなか、ほんとにすみません。大島紬のことなど何回聞いてもわからなくて当たり前だし、何度でも聞いてもらえばいいと思っている。忘れて当然、昨日の夕飯ですら何やったっけ?と思う私である。

そもそも私の無知によって出来ているようなこの「男と着物」投稿。知らない事だらけで(事業者としてどうなのかとは思うけれど)聞いても色々忘れてしまうけれど、忘れながらも積み重ねた経験が少しでも誰かのお役に立てたらいいなと思っている。だからどんな些細な事でも興味を持って聞いて(読んで)もらえるのはありがたいと思う。

大学卒業後に着物小売店での勤務を通し、マニュアルや研修を幾度となく受けたので、その時は「何でもそこそこ知っているぞ」という気になっていた。けれど実際は着物のほんの一片程度の知識だったし異なる環境になるとその知識がまた違うことも少なからずあった。例えば小売店では衣裄と書いて【えこう】と呼んでいたけれど、当社とその周辺では【いこう】だった(【いこう】の方が多いと思うのだけれどどうでしょうか)。

「男の裏地は正花(しょうはな)」と覚えていたけれども、「金巾(カネキン)」というのが当社周辺では一般的で「正花」という言葉はあまり聞かなかった。しかも私は【男の裏地=正花】と思っていたけれど、これは私の勝手な勘違いで綿の裏地をそう呼ぶ。当社では「金巾(正花)」とは別に正絹裏地もあり、「正絹の通し裏」や「男の胴裏」と呼ばれている。

小売店では札を付けるのにはピストルを使っていたけれど、当社ではピストル以外にも「呉服札」と呼ばれるこよりのついた紙の札を使う。独特の結び方をするのだけれど、これは当社に入って父から直接教わったことを覚えている。

呉服札
呉服札。こよりの先が割れたりぐにゃぐにゃなると付けにくい。私はいまだに苦手。

事業者の私はともかくとして、先程の違いのように地域や企業・家族の文化的な違いがあるだろうし、着物と一括りにしても、素材、糸、撚り、組織、染色、格式、仕立てなど違いを言えばキリがないほど複雑である。それらを網羅する知識は着物を楽しむ条件ではないし、知っている人が偉いわけでもない。メーカーが勝手に作ったものも沢山あるので気にする必要もない。知らなくて当然である。

とはいえ、知って楽しいなと思ってもらえると嬉しいし、知ってもらえるのはプラスだということは誤解のないように付け加えておきたい。知ってもまた忘れて当然。また聞いてもらえばいい。知らないのはゼロであってマイナスではないし何度でも聞いてください。それに聞けば聞くほど新しい魅力発見になるかもしれないし。

ということで、まだまだ知らないことがある私への励まし投稿でもあるわけです。