44 黒紋付と白襦袢を誂えた話

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

​黒紋付の格好良さには如何なるものも敵わないのではないか、と黒い着物が好きな私は思っている。以前にもお話ししたが、紋が入るということに特別な気がして嬉しく感じるのは私だけではないと思う。さて、そうはいってもこの業界、織と染は基本的に交わることなく(私だけかもしれないけれど)交流は少ない。

2011年。京友禅の訪問着なら知り合いがいるけれど自分の黒紋付はどこで手配すればいいのだろうと考えていた。私自身には知り合いも少なかったけれど取引先やベテランがまだ多数健在しておられた当時。どこに頼めばいいか父に相談してみると、祖父の時代からのお取引先で小さな問屋のお爺さんに頼めと言う。私にとってそのお爺さんは、ほっそりした体型に肌着のランニング一丁で水を撒く、なかなか迫力ある印象しかなかったのだけれど、ベテランに頼めば安心だとよくわからない判断基準で頼むことにした。

早速電話すると「ふむふむわかりました、生地や仕立てはするからあんたの所にある胴裏と八掛、襦袢と羽裏をもっておいで」と言う。「身丈はちょっとだけ短めにしとくから」と言われ、確かに着流しで着ることのない着物ということに気付いた。1寸ほど短くなっていたはず。そういうものなのか分からないけれどお爺さんのその気遣いはとても嬉しかった。

そもそも。さらにさかのぼること2001年、私が小売店にいた当時女性の黒紋付は盛んに販促されていて驚くほどお買い得価格だった記憶がある一方で、男性の黒紋付は見本帖(取り寄せ)のみで対応していた。お客様から問い合わせがあって初めてお取り寄せになるので店頭にはないのだけれど、私自身はそもそも問い合わせを承ったことがなかった。当時いわゆる広幅など男着物自体の取り扱いも少なく、さらにフォーマルとなれば店舗で販促するメリットが非常に少ないことは未熟な私でも感じられたほどだった。

そんな経緯もあって男の黒紋付に関しての経験も知識も不足していた。具体的に分からぬ事ばかりだったけれど、それを自分の着物で体験していく過程は不思議と楽しかった。

話を元に戻そう。「裏地をもってこい」と言われて八掛はぼかしでいいのか?とよぎったが染物なのでぼかしでいいかという判断をした。襦袢と言っても真っ白?無地?どんなのがあるのだろう?と当時のベテラン社員に聞いてみると墨書き絵羽の白襦袢額裏セットがあると言われた。よしよし、寸法と一緒に渡してこれでいいかと一安心。しばらくして出来上がってくると、よくある羽二重ではなくもちっとした風合いの縮緬地で美しかった。紋にはしっかりとウエダ家の「鬼蔦」が入っていて、カジュアル着物以上に「誂えたぞー!」という気持ちになった。何事かなければ2枚目は作らない着物だ。正絹の染物自体が初めてだったし、その後もそれしか持っていない。支払いは大きかったけれど特別感がとにかく嬉しかった。

出来上がってすぐではなかったけれど、ある時試着してみた。あれ?襦袢ってこんなのだったかな?と思って寸法を見る。ご丁寧に着物から割り出さず襦袢寸法を記入した私。寸法は合っているようだ。おかしいなぁと思って気付いたのは形だった。褄下がない。そう、絵羽の襦袢なので褄下がない仕立て(関東仕立てとも言う)だった。
ちなみに

長襦袢ができた時は、本来、褄下はついていませんでした。

(日本和裁士会(1998). 知っておきたい和裁の知識 繊研新聞社)

という記述もある。地域によっても違うのかもしれないが当社が仕立てをお願いしている一軒に聞いてみたところ、絵羽は関東仕立て、反物は褄下のある仕立てにするという。個人的にはやはり褄下がある方が着やすい気がするがこれは慣れや好みかもしれない。

紋付をお願いしたお爺さんは何年後かに他界された。もう会えないけれど、私がお願いして良かったなと思っていることはお爺さんのご家族もご存知ないだろう。紋付を見る度にその姿を思い出す。

男白襦袢前
白襦袢を前から見たところ。
男白襦袢絵羽うしろ
白襦袢を後ろからみたところ。