八坂神社へ、祇園囃子を奉納。

寄稿者:橋本繁美

7月1日、吉符入りで祇園祭のはじまり。2日、綾傘鉾保存会を代表して上田会長が、2年ぶりの「くじ取り式」に。京都市役所の市議会議場で「傘鉾壱番」(前祭で7番目)を引き当てた。せっかくの傘鉾壱番なのに、山鉾巡行は中止。くじ取り式は巡行の先陣争いを避けるため応仁の乱後の1500年に始まったといわれる。58年ぶりに巡行が中止された昨年、くじ取り式はおこなわれなかったが、所作や段取りが正確に伝えるためにといった伝統を受け継ぐために実施された。当日の様子は各新聞社やテレビ局等で報道された。3日、八坂神社へ「特別囃子奉納」。南楼門から幟とともに、寺田理事長と梶居副理事長を先頭に、綾傘鉾囃子方保存会(壬生六斎念仏講中)のみなさんによる囃子が境内に鳴り響き、颯爽と棒振り踊りを披露しながら舞殿を一周してから舞殿に上がり、本殿に一礼してから蜘蛛の糸をまき、演奏が始まった。赤熊(しゃぐま)をかぶり、鮮やかな鱗柄の衣裳を身に着けた棒振り踊りと太鼓踊りの3人の動きに、参拝者たちは見とれていた。来年こそは、7日に稚児社参ができますようにと願う関係者だった。8日は、佛教大学の宗教ミュージアムに預かってもらっている綾傘鉾の搬出と町内への搬入だ。いよいよ、準備もさらに本格的に。あ~雨よ、止んでおくれ。

七夕は旧暦か新暦か。

7月7日は七夕。もう過ぎたという声が聞こえてきそうだが、少しおつきあいを。ことしの「たなばた」は雨のため、織姫星と彦星は逢えなかったのか。あの頃、願いを書いた短冊を笹につけて祈ったのは…。では、七夕を「たなばた」と呼ぶようになったのかと調べてみると、日本には古来より、7日の夜に水辺に棚を設け、乙女が機屋(はたや)に籠って機を織り、神の降臨を待って一夜を過ごす行事があった。その乙女を棚機女(たなばたつめ)、乙棚機(おとたなぼた)といった。そして、来臨した神に穢れを持ち去ってもらうのである。その行事が、中国渡来の牽牛星(彦星)・織女星の伝説に結びついてできたのが七夕の行事といわれている。

京都市の七夕祭も新暦の8月7日におこなわれている。京都市北区にある今宮神社でも、8月7日に織姫祭が厳粛にとりおこなわれる。儀式には西陣織関係者も多く、織姫につながることがわかる。ここは4月の第2日曜日におこなわれる「やすらい祭」が有名で、平安の昔より伝えられる花鎮めの祭礼で、「やすらい花」とも称される、桜や椿などで飾られた花傘を中心に、赤毛・黒毛の鬼達をはじめ約20名の行列が、お囃子に合わせて踊り歩き、御幣を奉じて神前へと向かう。この花傘の下に入ると1年間健康に過ごせるといわれている。この風流傘がご縁で、私たち綾傘鉾も毎年8月7日、棒振り囃子を奉納している。さらに七夕といえば、東日本大震災(2011)のときも、復興を祈願して仙台の七夕祭の会場近くに綾傘鉾そのものを持ち込み、長刀鉾の囃子方のみなさんと一緒に寄せていただいたことを思い出す。さて、あなたにとっての七夕とは。

2021年07月08日 | Posted in 京の旬感, 寄稿記事-ことばの遊園地-橋本繁美 | | Comments Closed 

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