寄稿70  いまどきの卒業式・大島高校の甲子園の夢現実に

京の旬感寄稿記事-ことばの遊園地-

寄稿者:橋本繁美

いまどきの卒業式

ことしも卒業式のシーズン到来。多くの若者が巣立っていく。卒業証書を手に、上級の学校へ、あるいは社会の荒波のなかへ。23日、京都市内の小学校の卒業式がおこなわれていた。朝はやくから、華やかな袴姿の女の子ときもの姿のお母さんが目立った。思わず、えっと驚いた。小学校の卒業式に、いまや小学6年生を卒業する女の子たちも袴姿か。晴れ姿はいいものだが、かつて大学生の卒業生がメインだった袴姿がここまで来たかと驚かされた。コロナ禍の卒業式だけに、実現できた喜びはひとしおだろう。おめでとうさん。今朝の京都新聞にも袴姿の卒業生がずらりと掲載されていた。レンタル業界の独り勝ちか、と思った花冷えの日だった。

大島高校の甲子園の夢現実に

昨日は、第94回選抜高校野球をラジオで聴き入っていた。応援するのは奄美大島の県立大島高等学校、相手は明秀日立(茨城)、試合は明秀日立の粘り強い攻めで、実力が発揮できず残念な結果に終わってしまったが、選手や応援席の人たちと一緒になれた試合だった。そこで、今朝の朝日新聞の記事に「離島甲子園の夢、現実に」が載っていたので紹介させていただく。

鹿児島県の奄美大島にある県立校、大島の選手たちが23日、憧れの甲子園のグランドに立った。地元に残って「島から甲子園」の目標をかなえた選手たち。中学生のときの「離島甲子園」が夢舞台へと導いた。
 九州本土から南に380キロほど。奄美大島に高校は4校しかなく、有力選手は本土に進学することが多いが、大島の選手32人はほとんどが奄美群島の出身だ。
 主力が島に残るきっかけは、全国離島交流中学生野球大会(離島甲子園)。プロ野球・元ロッテの村田兆治さんが提唱して2008年に始まった。選手の多くは19年に対馬(長崎県)であった大会にした。
 奄美大島からは奄美市選抜と龍郷選抜が出て、ともに4強入り。大野稼頭央投手は龍郷、西田心太捕手や武田涼雅主将は奄美にいた。同じホテルに宿泊し、食事も一緒にとった。
 「いろいろ話す中で一緒に甲子園をめざそうと誓った」。対馬で思いが一つになったと、武田主将。小学生だった14年、大島の先輩が「21世紀枠」で甲子園の土を踏んだ。「あのユニホームを着て甲子園に出たい」。胸の奥底にはそんな思いが眠っていた。
 本土の強豪校に誘われたていた大野投手は迷ったが大島を選んだ。大野投手を説得した西田捕手は「離島甲子園がなかったら、ここじゃなかったかも」。名の知れた2人がチームメートになることを知った武田主将は「奇跡が起きたと思った」と振り返る。 九州大会で準優勝してつかんだ選抜。大野選手は「悔しい結果になってしまった。夏に戻って来られるように練習したい」と話した。

仙崎信一記者・前田伸也記者(令和4年3月24日付). 離島甲子園の夢、現実に 朝日新聞
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