寄稿83 泥染の発見

奄美探訪記と大島紬寄稿記事-ことばの遊園地-

寄稿者:橋本繁美

えっ、奄美に続いて本州も梅雨明け。まだ6月というのに信じられない異常気象みたいだ。ま、天気の話はおいといて、前回に続き、泥染について以前、聞いたことを紹介しよう。

大島紬が誕生したのは江戸中期といわれている。テーチ木と称する植物の煮出し液と泥中の鉄塩とで焦茶色に染めた泥染が伝統的技法であると述べた。紬は古来、生糸にできない屑繭からとった節のある糸で織ったざっくりとした肌合いの、自分たちが着る衣服だったと聞く。奄美では、生糸を精練した練糸である本絹糸で織られた大島紬は、なめらかな肌合いの高級絹織物であり、泥染大島、泥藍大島、色大島の略称で呼ばれ、親しまれている。

奄美における紬の歴史は古く、奄美市笠利地区や竜郷町などの弥生時代の遺跡から、布目のついた土器や、糸を紡ぐための器具といわれり紡錘車が出土しており、弥生時代にはすでに養蚕や機織りの技術が渡来していたことがわかると『かごしま大島紬今昔』(出水沢藍子著)に書かれている。

泥染の起源については諸説ある。その昔、島役人に紬を収めるのがいやで泥田のなかに紬を隠した。あとで泥のなかから取り出してみると美しい黒色に染まっていた。あるいは、紬禁止令のあとに紬を着ていた人が島役人に見つかりそうになり、泥田に身を隠した。出てきてみると美しい黒色に…。また、ある村の女性が着ていたテーチで染めた紬の裾に泥田の泥がはねて付き、ねずみ色に変色した。あわてて洗ったところ色は落ちず、きれいに発色していたとか。そんな話を教えてもらったことがある。