寄稿18 比良八講(ひらはっこう)、荒れじまい

京の旬感寄稿記事-ことばの遊園地-

寄稿者:橋本繁美

関西では「奈良のお水取り」終わらないと、春は本格的に暖かくならないといわれる。奈良県の東大寺二月堂では、毎年、3月1日から14日まで修二会(しゅにえ)がおこなわれる。修二会は人々に代わって罪を懺悔し、天下泰平や五穀豊穣を祈る行法であり、そのハイライトが3月12日の夜におこなわれるお松明(たいまつ)とお水取りである。全国的にニュース等で報道されるのでご存知の方も多いと思う。
だが、京都では昔から「比良八講、荒れじまい」が終わらないと、本当の春はやってこないといわれている。かつて比良にあった天台宗の寺院で、3月下旬に法華経を読誦する法華八講と呼ばれる法要があり、これを比良八講という。このころ寒気がぶり返し、天候が荒れ、比良山地から琵琶湖西岸へ冬の北西季節風が吹き降りる。これを「比良の八講荒れ」「比良八荒」などといわれている。いよいよ春本番の到来で、田畑の準備に追われる日々が始まるという。

イラスト:nono はた

「ああ、哀れな話だな」

この時期になると思い出すのが、青森県津軽地方に伝わる民話にもとづく「雁風呂(がんぶろ)」。雁は北の方から、秋になるとやってくる。まず東北の太平洋岸に渡来する。その際、海上で翼を休めるときの用意に、小さな木片をくわえてやってくるという。そして、陸に着くと不要になるので、奥州外ヶ浜あたりに木片を落としてゆく。やがて春がきて再び北へ帰るとき、海を渡る前におのおのその木片を拾い、くわえて飛び去る。しかし、日本で越冬中、雁のなかのあるものは、捕らえられたり、死んだりして、雁がみんな北ヘ去った後も、幾片かの木片が海岸に残るという。浜の人たちは、その木片を拾い集めて、かつての持ち主であった雁の供養のために、それを燃やして風呂を焚いたという―――これが雁風呂です。しみじみとした哀れな話。落語でも登場する噺のひとつ。

サントリーウイスキーのTVCM角瓶(1974)で、大好きな作家山口瞳さんが出演し、この話を語っていたのを思い出す。ナレーションの最後「ああ、哀れな話だな。ニッポン人って不思議だな」の言葉はいまも心に残る。ご記憶の方もいられるのでは。